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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)4500号 判決

原告

小山恵美香

ほか一名

被告

高省三

ほか一名

主文

1  被告京阪バス株式会社は、原告小山恵美香に対し四六一八万一二〇八円、原告小山博恵に対し五二三万〇七五〇円及び右各金員に対する昭和五六年一二月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らの被告京阪バス株式会社に対するその余の請求及び被告高省三に対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告京阪バス株式会社の負担とし、その余を原告らの負担とする。

4  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告小山恵美香(以下、「原告恵美香」という。)に対し八〇〇六万一一四九円、原告小山博恵(以下、「原告博恵」という。)に対し七〇四万四〇四〇円及び右各金員に対する昭和五六年一二月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

被告高省三(以下、「被告高」という。)は、昭和五六年一二月一六日午後二時五七分ころ、大型バス(登録番号、大阪二二あ三六一六号。以下、「加害車両」という。)を運転して大阪府枚方市岡東町一四番四四号先路上(府道枚方大和高田線)を東から西に向つて走行中、同路上に南北に敷設された横断歩道(以下、「本件横断歩道」という。)上において、同車体下部から北側に向つて這い出そうとしていた原告恵美香を加害車両の右後輪によつて轢過した(以下、「本件事故」という。)。

原告恵美香は、右事故により胸腹部圧轢傷(内蔵破裂)、左膝・下腿・足関節打撲擦過創、胸髄脊髄損傷の傷害を受け、さらにこれのため神経因性膀胱、直腸障害、仙骨部蓐瘡、急性肝炎等に罹患した。

2  被告高の責任

被告高は、本件事故の直前、交通渋滞のため加害車両を本件横断歩道手前(東側)停止線付近に一時停止させたものであるが、このような場合、自動車の運転者としては、前方の本件横断歩道付近を注視して通行者の有無や動静を確認するとともに、同所を横断しようとしている通行者を発見したときには、これが自車前方を通過して横断し終わるのを待つた後加害車両を発進させるなどして事故を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、原告恵美香がおもちやの三輪ミニサイクル(以下、「本件ミニサイクル」という。)に股がつたまま本件横断歩道上を南から北に向つて横断しようとしていたのに全く気付くことなく、一刻も早く右横断歩道を通過して先行車との距離を詰めようとして加害車両を発進させた過失により、加害車両前部バンパーで本件ミニサイクルもろとも原告恵美香を路上に転倒させてこれを加害車両下部に巻き込んだ上、加害車両下部から北側路上に這い出そうとした同原告を加害車両右後輪によつて轢過したものであるから、民法七〇九条により後記損害を賠償する責任を負うものである。

3  被告京阪バス株式会社(以下、「被告会社」という。)の責任

(一) 被告会社は、本件事故当時加害車両を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条により後記損害を賠償する責任を負うものである。

(二) 被告会社は路線バス等による旅客運送を業とする会社であるところ、本件事故は、その被用者である被告高が被告会社の運行業務として津田香里線一〇七系統の旅客運送のため加害車両を運転していた際に発生したものであるから、被告会社は民法七一五条一項によつても後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(原告恵美香の損害)

(一) 入院雑費 三二万一〇〇〇円

原告恵美香は、前記受傷のため、(1) 昭和五六年一二月一六日吉田病院において、応急治療を受けた上、(2) 昭和五六年一二月一六日から同五七年一月一一日まで関西医科大学付属病院において、入院治療を受けさらに、(3) 昭和五七年一月一一日から同年一〇月三一日まで大阪府済生会中津病院において入院治療を受けたが、右合計三二一日の入院期間中一日当たり一〇〇〇円の割合による入院雑費を要した。

(二) 逸失利益 二八〇五万一二〇七円

原告恵美香の前記受傷は、右入院治療の結果、昭和五七年一〇月一六日ころ、体幹第八胸髄レベル以下及び両下肢の知覚完全麻痺・弛緩性運動麻痺、腰椎部麻痺性側彎、膀胱・直腸障害等の後遺障害を残してその症状が固定したところ、右後遺障害は自賠法施行令二条別表に定める後遺障害等級第一級三号(「精神系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当するものであつて、原告はこれにより終身労務に服することができなくなつたものである。

ところで、原告恵美香は、右症状固定時満六歳の女子であつたところ、事故当時は健康な子供であつたのであるから、本件事故に遭わなければ、就労可能な一八歳から六七歳までの四九年間にわたり、少くとも昭和五九年度賃金センサス第一巻、第一表産業計、企業規模計、学歴計、年齢一八歳の女子労働者平均年間給与額一五二万五六〇〇円の収入を得ることができたはずである。したがつて、原告恵美香が右期間中に失うことになる収入総額からホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の右症状固定時の現価を算出すると、二八〇五万〇五九六円となる。

1,525,600×(27.6107-9.2151)=28,050,596(円)

(三) 将来の介護料 五三七九万〇五九七円

原告恵美香は、右後遺障害により、排尿、排便、入浴等の日常生活全般について常時他人の介助を必要とする状態となり、この状態は終身続くものといわなければならない。そこで、右症状固定時以後少くとも六九年(昭和五九年の簡易生命表によれば、六歳の女子の平均余命は六九・二二年)間にわたり、一日あたり五〇〇〇円の介護料を要するものというべく、その総額から年五分の割合による中間利息を控除して同原告の要する将来の介護料の右症状固定時の現価を算出すると、五三七九万〇五九七円となる。

5,000×365×29.4743=53,790,597(円)

(四) 自宅改造費 五〇〇万円

原告恵美香は前記後遺障害のため車椅子を利用するなどその障害に応じた日常生活を送ることを余儀なくされるに至つたが、そのためには同原告の住居の風呂、トイレ、玄関、階段等の改造がどうしても必要であり、これに要する費用は五〇〇万円を下らないというべきである。

(五) 慰藉料 一八五〇万円

原告恵美香は、わずか六歳の年齢で前記のような重傷を負い、しかも終身極めて重度の後遺障害を背負つて日常の起居にまで著しい支障をきたすとともに、生涯働くこともできない身体障害者として生活することを余儀なくされるにいたつたものであつて、同原告が被つた肉体的、精神的苦痛は甚大であるから、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては一八五〇万円が相当である。

(六) 弁護士費用 六五〇万円

原告恵美香は、本訴の提起及び追行を原告代理人に委任し、その費用及び報酬として六五〇万円を支払うことを約した。

(原告博恵の損害)

(七) 付添看護費(休業損害) 一〇四万四〇四〇円

原告博恵は原告恵美香の母であり、夫と離婚した後株式会社ロンシヤンに勤務しその給与により同原告を養育していたものであるが、原告恵美香が本件事故により前記のとおりの重傷を受けて入院したことから、その入院期間中同原告の付添看護のため欠勤や遅刻等を繰り返さざるをえないことになり、その結果、右会社からの給与を合計一〇四万四〇四〇円減額されるにいたつた。ところで、原告博恵の被つた右損害(減収)は、本件事故の直接の被害者でない同原告の被つたいわゆる間接損害ではあるけれども、重傷を受けて生死の境をさまよつている娘の付添看護をするのは親として当然のことであるから、そのことによつて生じた損害も本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告らにその賠償責任があるというべきである。

(八) 慰藉料 五五〇万円

原告博恵は、本件事故により原告恵美香がその生命を害された場合にも比肩すべき精神上の苦痛を受けたものであつて、これを慰藉するに足りる慰藉料の額としては五五〇万円が相当である。

(九) 弁護士費用 五〇万円

原告博恵は、本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として五〇万円を支払うことを約した。

5  損害の填補

原告恵美香は、本件事故に基づく損害の賠償として、自動車損害賠償責任保険から保険金二〇〇〇万円の、被告会社から四〇〇万円の各支払を受けた。

よつて、被告高に対しては民法七〇九条、被告会社に対しては自賠法三条又は民法七一五条一項に基づいて、原告恵美香は、前記4の(一)ないし(六)の合計額から既に支払を受けた前記5の金額を控除した八八一六万二八〇四円の内金八〇〇六万一一四九円、原告博恵は、前記4の(七)ないし(九)の合計額七〇四万四〇四〇円の各損害金及びこれらに対する本件事故の日である昭和五六年一二月一六日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告恵美香受傷の点は知らないが、その余の事実は認める。

2  同2の事実のうち、被告高が本件事故の直前、交通渋滞のため加害車両を本件横断歩道手前の停止線付近に停止させた後、先行車との距離を詰めるため加害車両を発進させたこと、その発進直後に本件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、原告恵美香が本件ミニサイクルにまたがつたまま本件横断歩道上を南から北に向つて横断しようとしていたところ、発進直後の加害車両がその前部バンパーによつて同原告を本件ミニサイクルもろとも路上に転倒させてこれを車体下部に巻き込み、さらに後輪で轢過したとの点は事実に反する。加害車両の前部バンパーの地上高は約三九センチメートル、前輪車輪の地上高は軸ボルト下部で約一九センチメートル、車軸下部で約二三センチメートルであり、本件ミニサイクルの車高は約二三センチメートルであるから、仮りに原告ら主張のように加害車両がその前部バンパーの下から本件ミニサイクルにまたがつた原告恵美香を車体下部に巻き込んだものとすれば、同原告は必ず前部バンパーと衝突したはずであるし、さらに引き続き、本件ミニサイクルとともに前輪車軸部分と衝突し、そのため、頭部・顔面付近に傷害を受け、また、本件ミニサイクルも車軸に阻まれて前に押し出されていたはずである。しかるに、本件事故直後、加害車両の前部バンパーには物体と接触または衝突したような痕跡はなんら残つておらず、原告恵美香も右後輪で轢過されたことによる傷害の外は、頭部・顔面に加害車両の車体の一部と接触または衝突したことによる傷害は全く受けておらず、さらに、本件ミニサイクルも、事故直後、前輪車軸よりは後方の後輪車軸の脇に転がつていたのであつて、これらの事実は、本件ミニサイクルにまたがつた原告恵美香が加害車両の前部からその車体下部に巻き込まれ、前部バンパーと前輪車軸の下をくぐつて右後車輪に達したというがごとき事実が全く存在しなかつたことを如実に物語るものである。また、仮りになんらかの偶然の事情によつて原告恵美香が無傷で前輪車軸の下を通過しえたとするならば、車軸の地上高から考えて、仰向けもしくは俯きに地面に張り付いた姿勢で車軸の下を通過したものと考えるよりほかはないところ、そうであるならば、それよりきわめて短時間(加害車両がわずか五・二メートル前進する間)の後に体勢を立て直して後輪前部付近より這い出そうとする行動に移つたということにならざるをえないが、六歳の幼女がいかに機敏な動作をしたとしても、突嗟の間にそのような行動に移ることは全く不可能であるから、いずれの点より考えても、原告主張のような経過で本件事故が発生したものとするのは不自然であり、したがつて、そのような事実は存在しなかつたものというべきである。

3  同3の各事実のうち被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたこと、本件事故が被告会社の業務の執行中に生じたものであることは認める。

4  同4の各事実のうち(三)の将来の介護料の点は否認する。その余の事実は知らない。原告恵美香は車椅子を利用すれば将来も自由に行動することができるようになるので、親族その他の介護を必要とはしないというべきである。

三  抗弁

(被告会社)

1 被告高の無過失

本件事故は、原告恵美香が加害車両の左側部から車体下部に自己の意思でもぐり込んでいつたために発生したものである。すなわち、本件事故が、原告恵美香において加害車両の車体下部から北側に向つて這い出そうとしていた際に、発進した同車両の右後輪によつて轢過されたために発生したものであることは前記のとおりであるところ、原告恵美香は、本件事故の直前、事故現場南側の児童公園で本件ミニサイクルに乗つて遊んでいたものであるから、右のような態様で本件事故が発生するに至つた経緯としては、同原告が原告ら主張のように加害車両前部から車体下部に巻き込まれたか、または、同車両の左側部から自己の意思で車体下部にもぐり込んでいつたかのいずれかであるとしか考えられない。しかるに、原告恵美香が加害車両の前部から車体下部に巻き込まれたということがきわめて不自然であつて、およそ考えられないような事態であることは前記のとおりであるから、結局、本件事故発生の経緯としては、同原告が加害車両の左側部から車体下部にもぐり込んだということ以外にはありえないというべきである。

本件事故発生に至る経緯が右のとおりであるとするならば、低速度のまま本件横断歩道を遮断するような状態で加害車両が通過走行した際に、原告恵美香が本件ミニサイクルにまたがつて本件横断歩道上に飛び出し、加害車両の左側面から車体下部にもぐり込んだことから本件事故が発生するに至つたということになるが、そのような事態は全く予想しえない異常な出来事であるから、被告高が同原告の存在に気付くことなくそのまま加害車両を進行させ、その結果同原告を右後輪で轢過したからといつて、同被告になんらの過失もないというべきである。

(被告ら)

2 過失相殺

仮りに原告ら主張のとおりの経過で本件事故が発生したものとしても、加害車両の動静に注意を払つておれば容易に事故を回避することが可能であるのに、たとえ横断歩道とはいえ渋滞中の車両の間を通り抜けようとして加害車両の直前を横断した原告恵美香にも落度があつたものというべく、また、仮に同原告が本件事故当時満五歳の幼児で事理を弁識する能力を具えていなかつたとしても、原告博恵から同恵美香の監護を任されていた博恵の父小山彰に、交通頻繁な幹線道路である本件事故現場付近へ原告恵美香を独りで遊びに出させ、みずからは昼間から飲酒して同原告を放置していたという過失があつたものであり、それが本件事故発生の遠因ともなつたのであるから、損害額の算定に際しては、被害者もしくは被害者側の右過失を斟酌し、相応の減額がなされるべきである。

3 一部弁済

被告会社は、原告らが自認するもののほか、原告恵美香に生じた本件損害の賠償として次のとおりの金員を支払つた。

(一) 原告恵美香が負担すべき吉田外科病院の治療費五万二一六〇円、関西医科大学付属病院の治療費一〇二万三〇一五円、大阪府済生会中津病院の治療費一四二万二九一三円。

(二) 関西医科大学付属病院及び大阪府済生会中津病院の治療費のうち国民健康保険の保険者枚方市が支払つた四六〇万四〇一九円についての右同額の求償金(枚方市に対する支払)。

(三) 車椅子及び装具の製作費二九万四〇〇〇円。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。本件事故発生に至る経過は原告ら主張のとおりであつて、それが不自然であるとか不可解であるというようなことは毛頭ない。本件事故直後、加害車両の車体下部には前部バンパーから直線上に三か所にわたつて擦過痕ないし払拭痕がついていたのであり、原告恵美香及び本件ミニサイクルが加害車両前部から車体下部に巻き込まれた痕跡が明確に残されていたのである。また、同原告が前部バンパーによつて押し倒されれば、前輪車軸と全く接触することなしにその上を加害車両が通過していくことは十分に可能であつて、同原告が轢過による傷害以外に頭部・顔面等になんらの傷害も受けなかつたとしても少しも不思議ではない。のみならず、本件事故発生に至る経過として、原告恵美香が加害車両の左側方からその車体下部にもぐり込んだという事態を想定する方がより一層不自然である。すなわち、加害車両側面の地上高は約三七センチメートルであるところ、いかに幼女とはいえ、原告恵美香がハンドルまでの高さが約二四センチメートルもある本件ミニサイクルにまたがつたまま(あるいは手で押しながら)、そのように低い車体の下部に車体と衝突することなしにもぐり込んでいくことは物理的に不可解であり、しかも、車両の下部には、燃料タンク、アンダーカバー、冷房コンデンサフアンカバー等が装備されていて地上高が更に低くなつているのであるから、これらと接触して傷を受けることなく右後輪まで辿り着くようなことはあり得べからざることというべきである。それに、何よりも、進行中の巨大なバスの下部にもぐり込むなどということは、その威圧・恐怖感からしても、五歳の幼児の到底考え及ぶところではないから、そのこと自体から、被告らの主張が真相から程遠いことは明白である。

2  抗弁2の事実は否認する。原告恵美香は横断歩道上を横断しようとしていたのであり、横断歩道上は歩行者が絶対的に保護されるべき安全地帯であるから、同原告には全く落度はないというべきである。そして、被害者本人になんらの過失もない以上、その監督義務者の過失が問題となる余地もない。

3  抗弁3の各事実は知らない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一被告らの責任

一  被告会社の責任について

1  請求原因1の事実(本件事故の発生)は、原告恵美香の受傷の点を除き当事者間に争いのないところ、成立に争いのない甲第四ないし第六号証によれば、同原告は本件事故により原告ら主張のとおりの傷害を受けたことが認められ、かつ、本件事故当時、被告会社が加害車両を所有していたことは当事者間に争いがないので、被告会社は、免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

2  そこで、被告会社の抗弁(原告恵美香が加害車両の左側部からその下部にもぐり込んだとの事実を前提とする無過失の主張)について検討するに、原告恵美香が本件事故発生の直前、本件ミニサイクルとともに加害車両左側から車体下部にもぐり込んだとの点については、原告恵美香本人尋問の結果中にそれに沿うかのごとき供述部分も存在するけれども、同尋問結果中にはこれを否定したり、またこれと矛盾する趣旨の供述部分も存在するのであつて、同原告の年齢(成立に争いのない甲第三号証によれば、事故時は五歳、供述時は八歳と認められる)から考えても、右供述部分に全幅の信を措くことは困難であり、また、被告高本人尋問の結果中に、事故直後、現場付近にいた男性の目撃者が、原告恵美香が横からすべり込むようにして車体の下部に入つていつた旨述べるのを聞いたとの供述部分があるが、不確かな伝聞である上に、その裏付も存在しないので、これまた直ちに採用するに由ないというよりほかはなく、しかもその他に、右事実を認めるに足りる直接的な証拠は見当らない。

もつとも、成立に争いのない甲第二四、第二五、第二九、第三〇号証、乙第二号証及び検証の結果によれば、加害車両左側部の前輪の前方部分(別紙図面〈A〉の部分。以下、別紙図面を引用する場合には単に「図面〈A〉部分」などと表示する。)の幅は約一六〇センチメートル、地上高は約三一センチメートル、前輪泥よけカバーと冷房コンデンサーカバーの間(図面〈B〉部分。)の幅は約一七八センチメートル、地上高は約三六センチメートル、冷房コンデンサーカバーと後輪との間(図面〈C〉部分。)の幅は約一五〇センチメートル、地上高は約三六センチメートルであること、本件ミニサイクルのハンドルまでの高さは約二四センチメートル、座席後尾の高さは約二一センチメートルであることが認められるので、原告恵美香が本件ミニサイクルに股がつたままの姿勢で加害車両車体左側ボデイー部分に衝突することなくその車体下部に入り込むことは不可能であるけれども、地面に伏せた姿勢でならば同所にもぐり込むことは物理的に可能であるといわなければならない。

しかしながら、他方、成立に争いのない甲第四号証、第二四号証、第二五号証、乙第三三号、第三四号証、証人鈴木純三の証言並びに原告恵美香及び被告高本人尋問の結果によれば、本件事故当時、本件事故現場付近の府道枚方大和田線の西行車線は交通が渋滞し、自動車が数珠つなぎになつてのろのろ運転を続けていたところ、その自動車の列に入つていた加害車両も時速四、五キロメートルで進行するとともに、本件横断歩道手前(東側)約二・四メートルの地点で一旦停車し、折柄年配の女性が右横断歩道を南から北へ横断していくのを待つたが、その間に先行車との車間距離が約一五メートルにもなつたので、それを詰めるため、被告高において加害車両を発進させ再び時速四ないし五キロメートルの速度で右横断歩道上を通過しようとしたこと、加害車両が右後輪によつて原告恵美香を轢過したのはその際のことであつて、発進後約一〇メートル前進した地点においてであつたこと、原告恵美香は、本件事故直前、事故現場近くの自宅から本件ミニサイクルの座席に股がつたままの姿勢で本件事故現場に至り、そのまま本件横断歩道を南から北に渡つて近くの公園に赴こうとして本件事故に遭つたものであること、事故直後、本件ミニサイクルは、加害車両の下部、後輪デフ(図面〈D〉部分)に引つかかるような格好で地上に転がつており、その車体には加害車両後輪板バネ部分との擦過痕以外に特段の損傷はなかつたこと、さらに、原告恵美香の頭部、顔面、肩・肘部にも打撲傷や擦過傷などの傷害はなかつたことがそれぞれ認められるのであつて、これらの事故発生前後の状況及び前記当事者間に争いのない事実を前提として考えると、原告恵美香が加害車両左側部から車体下部にもぐり込んだとするためには、騎乗姿勢で股がつていた本件ミニサイクルからわざわざ降りて地面に伏せた上、右ミニサイクルを携えて、しかも走行中の大型バスである加害車両の下部へそのままの姿勢でもぐり込み、さらには加害車両左前輪、左後輪、冷房コンデンサーカバー(図面〈E〉部分)等に衝突・接触することもなく、相当な速度で路面を這うような格好で本件横断歩道上を南から北に進行したものとみるよりほかはないことになるが、そのようなことは、五歳の幼女の行動ではあつても、事の成り行きとしてきわめて不自然であり、経験に照らしてもとうてい高度の蓋然性をもつて肯認することはできないといわなければならない。

これを要するに、原告恵美香が加害車両の左側部から車体下部へもぐり込んだとの事実は、物理的には可能であるけれども、真実そのような事実が存在したことを認めるに足りる証拠がないということに帰着する。なお、証人鈴木純三(加害車両の後続車の運転手で本件事故の目撃者)の証言によれば、本件事故発生の直前、加害車両の右側及び後方には人影は全く認められなかつたことが認められるのであつて、この事実と本件事故の発生前後の状況とを併わせ考えるならば、原告恵美香が加害車両の下部に入つた経緯としては、原告ら主張の態様か、または被告ら主張の右の方法かのいずれかであつて、それ以外の第三の途を想定することは困難といわなければならず、しかも、右認定説示のとおりであるから、原告恵美香が原告ら主張のような経過で加害車両の下部にまき込まれた公算が大きいものというべきである。ただ後記に説示するとおり、本件においては、原告ら主張の経緯についてもいくつかの疑問点があるため、原告恵美香が原告ら主張の経過で加害車両の下部にまき込まれたものに相違ないと断定することは困難ではあるけれども、それだからといつて、被告ら主張の右事実の蓋然性が高まるものでないことはいうまでもないところであるから、それによつて右の判断が左右されるものではないというべきである。そうすると、被告会社の免責の抗弁は、結局その前提となる事実を認めるに足りる証拠がないことになるから、被告会社は、自賠法三条によつて後記認定の損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

二  被告高の責任について

1  請求原因1については前記一、1のとおりであるところ、原告らは、原告恵美香が加害車両の下に入つた経過として、同原告が本件ミニサイクルに股がつて本件横断歩道上を南から北に向つて横断しようとしていたのを被告高において気付かないまま加害車両を発進させたため、加害車両前部バンパーで本件ミニサイクルもろとも原告恵美香を路上に転倒させ、これを加害車両下部に巻き込んだものであると主張するので、次にこの点について判断するに、原告恵美香本人尋問の結果中に右主張に沿う部分が存在するけれども、同尋問結果中にこれと矛盾する供述部分も存在することは前記一、2において説示したとおりであつて、同原告の年齢をも考慮するならば、この供述部分のみを採用して、右の事実を認めることはできないといわざるをえず、他にこれを認めるに足りる直接的な証拠はない。

2  しかしながら、原告恵美香が加害車両の下部に入つた経過としては、原告ら主張の右のごとき態様かまたは被告ら主張の前記方法かのいずれかであつて、それ以外の第三の途を想定することは困難であること、被告ら主張の方法が事の成り行きとしてきわめて不自然であり、経験的に照らしてもとうてい高度の蓋然性もつてこれを肯認することができないことはいずれも前説示のとおりであつて、その点からして、本件事故の発生に至る経緯としては、原告ら主張の右事実のとおりである公算が大であるといわなければならないばかりでなく、前記認定の本件事故発生前後の状況からみても、その蓋然性が高いというべきであるかのごとくである。

しかしながら、本件ミニサイクルのハンドルまでの高さが約二四センチメートル、座席後尾の高さが約二一センチメートルであることは前記のとおりであり、また、検証の結果によれば、加害車両の前部バンパーの地上高は約三八センチメートル、前輪車軸のUボルト部分(図面〈F〉部分)及び前輪車軸部分(図面〈G〉部分)が、装着タイヤの大きさや乗客数によつて若干の変動が生じはするものの、それぞれおよそ二〇センチメートル及び二五センチメートルであることが認められるところ、原告恵美香がその頭部、顔面、肩、肘部に打撲傷、擦過傷などの傷害を受けていないこと、本件ミニサイクルがこれまたその車体に著明な損傷も受けることなく、事故直後、加害車両の下部、後輪デフにひつかかるような恰好で横断歩道上に転がつていたことは前記認定のとおりであつて、その点を、前記認定の本件事故発生前後の状況及び当事者間に争いのない事故の態様と対比して考えるならば、原告恵美香が原告ら主張の前記のような経過で加害車両の下部にまき込まれたとするためには、騎乗姿勢で股がつていた同原告が加害車両の前部バンパーに衝突してミニサイクルとともに転倒し、地上に張り付いたような恰好の転倒姿勢をとつたまま、車軸やそこからの突起物に全く接触することなく前輪車軸部分がその上を通過するのを遺り過ごし、さらにきわめて短い時間(加害車両が七、八メートル前進する間)に体勢を立て直して腹這いの姿勢になり、北側に向つて車体下部から這い出そうとしたものとみざるをえないことになるが、これまた、物理的には不可能とはいえないものの、きわめて異例の状況であり、とうてい自然な成り行きであるということはできない。さらに、いかに低速とはいえ、前進中の大型バスの前部バンパーに人体が衝突した以上、衝突個所にそれなりの痕跡を留めるはずであるのに、成立に争いのない甲第二五号証によれば、本件事故の翌日枚方警察署によつて施行された加害車両の実況見分の際には、加害車両前部バンパーや前輪左側泥よけカバーに払拭痕が認められたものの、それが右衝突の痕跡であることを裏付けるような状況は見当たらず(なお、右証拠によれば、右実況見分の際、後輪左側軸受板バネ取付部の下に幅五センチメートルの「擦過痕」の存在が確認され、その擦過痕と本件ミニサイクルのタイヤ部シヨルダーの模様とを照合したところ、これが一致したことが認められるが、前部バンパー部の払拭痕については、そのような状況はなかつた)、結局、右衝突の痕跡と確認できるものは存在しなかつたものといわざるをえないのであつて、以上のいくつかの疑問点が払拭されない以上、原告恵美香が原告ら主張のような経過で加害車両の下にまき込まれたとの事実についても、十分な心証を得ることができないといわざるをえないのである。

3  以上の次第で、本件においては、原告恵美香が加害車両の下に入つた経過は、原告ら主張の態様かまたは被告ら主張の方法かのいずれか一つであるといわなければならないものの、証拠上、そのいずれであるかを断定することは結局できないというよりほかはなく、したがつて、被告高の過失を基礎づける請求原因2の事実関係を認めるに足りる証拠もまた十分ではないと結論せざるをえないのである。

第二損害

一  原告恵美香の損害

1  入院雑費

成立に争いのない甲第七、第八、第一四号証及び乙第三六号証の一によれば、原告恵美香は、本件事故後直ちに吉田外科病院に収容されて応急治療を受け、その日のうちに関西医科大学付属病院に転医し、昭和五七年一月一一日までの間、同病院に入院した後、さらに大阪府済生会中津病院に転医し、引き続き昭和五七年一〇月三一日までの間、同病院に入院して治療を受けたことが認められるところ、経験則上、原告恵美香は、右三二〇日間の入院期間中一日当たり少なくとも一〇〇〇円の割合による雑費を必要としたものと推認することができる。

2  逸失利益

成立に争いのない甲第二、第二三号証及び原告博恵本人尋問の結果によれば、原告恵美香の前記受傷は、前記の入院治療によつても完治せず、体幹第八胸髄以下及び両下肢の知覚完全麻痺・弛緩性運動麻痺、アキレス腱・膝蓋腱の腱反射低下、立位時の腰椎部麻痺性側彎及び胸部、腹部の約二〇センチメートルの手術痕・仙骨蓐瘡後瘢痕(直径約五センチメートル大)醜状痕等の後遺障害を残したまま昭和五七年一〇月三一日ころその症状が固定したこと、原告恵美香は、右後遺障害により、車椅子を使わずに独力で場所の移動をすることができないほか、排尿・排便・入浴等も独りではできず、また、症状固定後も痔瘡、膀胱・腎臓障害の併発も懸念される状態にあるため、終身労務に服することができなくなつたこと、右後遺障害は自賠法施行令二条別表に定める後遺障害等級第一級三号(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当することがそれぞれ認められる。

そして、成立に争いのない甲第三号証によれば、原告恵美香は右症状固定時満六歳の女子であることが認められ、これによれば、原告恵美香は、本件事故に遭わなければ、満一八歳から六七歳までの就労可能な四九年間にわたり、少なくとも昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、一八歳ないし一九歳の女子労働者年間平均給与額一五二万五六〇〇円の収入を得ることができたものと推認することができるから、同原告が失うことになる収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右逸失利益の右症状固定時における現価を算定すると、二八〇五万〇五九六円となる。

1,525,600×(27.6017-9.2151)=28,050,596(円)

3  将来の介護料

原告恵美香の後遺障害は前記のとおりであるから、同原告は、前記症状固定時以降少なくとも同年の簡易生命表による六歳の女子の平均余命以内の六九年間にわたり、日常生活全般にわたつて常時他人の介護を必要とする状態にあるというべきであり、そのため相当の費用を要するものと推認すべきところ、その介護料のうち一日あたり三〇〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。そして、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右介護料総額の右症状固定時の原価を算出すれば、三二二七万四四六八円となる。

3,000×365×29.4744=32,274,468(円)

4  慰藉料

原告恵美香が本件事故により重傷を受けて三二〇日間もの長期の入院治療を余儀なくされ、しかも生涯極めて重度の後遺障害に苦しまなければならないこととなつたことは前記認定のとおりであつて、その他本件において認められる諸般の事情を総合すれば、同原告が本件事故によつて被つた精神的、肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は一三二〇万円と認めるのが相当である。

5  治療費及び装具代

前掲甲第七、第八、第一四号証、成立に争いのない乙第三五号証、第三六号証の一、第三七及び第三八号証の各一、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる乙第三七及び第三八号証の各二によれば、原告恵美香は、前記入院治療のため、吉田外科病院の治療費として五万二一六〇円、関西医科大学付属病院及び大阪府済生会中津病院の治療費のうち国民健康保険の自己負担部分として二四四万五九二〇円の合計二四九万二一六〇円の治療費を必要としたこと、同原告は大阪府済生会中津病院に入院中、車椅子及び腰椎・骨盤・両下肢の装具の着用を必要とし、その購入代金として合計二九万五四〇〇円の支払を要したことの各事実が認められる。

6  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告恵美香が、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、四〇〇万円と認めるのが相当である。

7  自宅改造費

原告らが請求原因4の(四)において主張する住居の改造については、その必要性、改造の箇所・時期及び費用の点の具体的な主張立証がないので、これを認めることはできない。

二  原告博恵の損害

1  入院付添費相当の休業損害

前掲甲第三号証、原告博恵本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる同第三五号証の一、二によれば、原告博恵は、原告恵美香の母であり、夫と離婚した後株式会社ロシヤンに勤務しながら、同原告の親権者としてこれを自己の手許で養育していたが、同原告の入院中、その付添看護のために同会社の勤務も思うに任せず、その結果、昭和五六年一二月一七日から同五七年三月末日までの間、遅刻や欠勤を理由に合計一〇四万四〇四〇円の減給を余儀なくされたことが認められるところ、前記認定のとおりの原告恵美香の受傷の程度、同原告の年齢等に照らせば、同原告の入院中は近親者による付添看護が必要であり、そのために一日三五〇〇円相当の費用を要することは経験則上明らかなところであるから、右一〇五日間の減収のうち、一〇五日分の付添費三六万七五〇〇円に相当する部分は、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

2  慰藉料

前記認定の原告恵美香の傷害及び後遺障害は極めて重篤であつて、その母である原告博恵においても、原告恵美香が死亡した場合に比肩すべき深甚な精神的苦痛を受けたものと認められるところ、原告博恵の右精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は五〇〇万円と認めるのが相当である。

3  弁護士費用

弁護の全趣旨によれば、原告博恵が、本訴の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬の支払を約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等の諸事情に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、四〇万円と認めるのが相当である。

第三過失相殺

原告恵美香が加害車両の下部に入つた経緯が、原告ら主張の態様かまたは被告ら主張の方法かのいずれか一つであること、しかもなお、そのいずれであるかを断定することができないことは前記説示のとおりであるところ、仮に被告ら主張のとおりであるとすれば被告らの責任が全面的に否定されることになり、また、原告ら主張のとおりであるとしても、後に説示されるとおり本件事故の発生について被害者側にも過失があつたといわなければならないのであつて、いずれの場合であつても被告らの責任が軽減されることになるのであるから、右いずれの場合であるかを断定することができないからといつて、右いずれの事実に基づいても被害者の過失を斟酌することができないとするのは公平の観念に反するものといわなければならない。もつとも、その場合でも、被告ら主張のとおりであるとすればその責任が全面的に否定されることになるのであるから、その主張事実が認められない限りそれを基礎として双方の過失の有無・程度を判断することはできないというべきであり、その意味において、結局は、原告らにとつて有利な事情である原告ら主張の事実を前提とし、それに基づいて過失相殺について判断するのが相当というべきである。

そこで右のような観点から被害者もしくは被害者側の過失の有無・程度について検討するに、本件事故当時、現場付近の府道枚方大和高田線の西行車線の交通が渋滞し、自動車が数珠つなぎになつてのろのろ運転を続けていたこと、加害車両もその自動車の列に加わり、信号機のない本件横断歩道の手前で一旦停止し、折柄年配の女性が右横断歩道上を南から北へ横断していくのを待つた後、その先行車との車間距離が約一五メートルにまで開いたので、これを詰めるため発進したことはいずれも前記認定のとおりであるところ、このような状況の下では、停車中の加害車両がすぐにでも発進して本件横断歩道上を通過していくかもしれないことが容易に予測されるのであるから、たとえ横断歩道とはいえ、これを通行して横断しようとする通行者としては、加害車両の動静に注目し、それが発進しようとする気配を察知したときは横断を差し控えるなどしてこれとの衝突を回避すべきであつたのに、前記認定の事故発生前後の状況からすれば、原告恵美香は加害車両の動静に気を配ることなく、慢然と加害車両の進路直前を横断しようとしたものであることが推認されるのであつて、その点において同原告にも落度があつたものといわなければならない。

もつとも、同原告が本件事故当時五歳の幼児であつたことは前記認定のとおりであつて、同原告が事理を弁識するに足る知能を具えていたものと認めることは困難であるけれども、原告恵美香、同博恵各本人尋問の結果によれば、本件事故当時原告恵美香は、親権者・母である原告博恵及び原告博恵の父小山彰(当時五七歳)と三名で本件事故現場近くの自宅において同居していたが、前記のとおり原告博恵が勤めに出ていたため、同原告不在中の原告恵美香の監護については一切右小山彰に任せていたこと、本件事故当時右小山彰は事故現場近くの自宅に居り、手の離せないような用件があつたわけでもないのに、原告恵美香が独りで本件ミニサイクルに乗つて外出するのに付き添うこともせず、同原告のするままに放置していたことが認められるとともに、乙第六号証、証人早野博夫の証言及び被告高省三本人尋問の結果によれば、原告らの自宅及び本件事故現場付近は、枚方市内の中心街であつて狭い道路でありながらきわめて交通量の多い場所であること、本件事故直後知らせを聞いて病院へかけつけた小山彰が昼間であるにもかかわらず酒臭を発散させていたことが認められるのであつて、これらの事実からすれば、原告恵美香と身分上及び生活関係上一体をなすとみられる関係にあり、かつ同原告を保護監督すべき立場にあつた祖父小山彰にも過失があり、その過失が本件事故の発生にもつながつたものといわなければならないから、同人の右過失を被害者側の過失として賠償額を定めるについて斟酌し、前記第二の一の1ないし5及び同二の1、2の賠償額の一割を減じた額をもつて、被告会社が原告らに対して賠償すべき損害の額とするのが相当である。

第四損害の填補

請求原因5の事実は当時者間に争いのないところ、前掲の甲第七、第八、第一四号証、乙第三五号証、第三六号証の一、第三七及び第三八号証の各二によれば、被告会社は本件事故の損害の賠償として抗弁3の(一)及び(三)のとおりの治療費及び装具代(合計二七九万三四八八円)の支払をした事実が認められる。

なお、抗弁3の(二)の求償金の支払が、原告恵美香の損害の賠償として同原告に対しなされたものではなく、国民健康保険の保険者である枚方市に対してなされたものであることは、被告会社の主張自体に徴して明らかなところであるから、右支払をもつて被告会社の原告恵美香に対する損害賠償債務の弁済ということはできない。

第五結論

以上の次第で、原告らの被告会社に対する本訴請求は、原告恵美香において前記第二の一の1ないし5の損害合計額七六六三万八五五二円から一割を減じ、これより第四の既払額二六七九万三四八八円を控除したうえ、第二の一の6の弁護士費用を加えた四六一八万一二〇八円の、原告博恵において前記第二の二の1及び2の損害合計額五三六万七五〇〇円から一割を減じたうえ、第二の二の3の弁護士費用四〇万円を加えた五二三万〇七五〇円の各損害賠償金並びにこれらに対する不法行為の日である昭和五六年一二月一六日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らの被告会社に対するその余の請求及び被告高に対する請求はいずれも失当としてこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 山下満 橋詰均)

別紙図面

〈省略〉

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